美容師が転職に「カット専門店」を選んで学んだこと

私は通常の美容室勤めから、
「業界大手カット専門QBハウス」に転職したのですが、
そのQBハウスに3年間勤めて、
実際に得られた事とはどのような事があったのでしょう。
ちょっと思い出して、お伝えして参ります。

抱いていた1000円カットへの印象

当時、1000円カットと言うモノが今ほど市民権を得られていない時代でした。
私は個人的な理由で1000円カットに転職したのですが、

その時抱いていた1000円カットへの印象は
「正直、楽勝だろう」とナメていました。
お客もフリー客ばかりで、
そんなにお客も要求してこないだろうし、
カラーやパーマも無くシャンプーですらもしなくて、
カットだけやっていればいいのがからと…


美容室に勤めていた時で、1000円カットが出始めの頃なんて…
「1000円カットで髪を切るなんてありえない」
「1000円カットの技術レベルなんて低いのだろう」
「通常の美容室の落ちこぼれが集まる様な感じだろう」
この様な酷い偏見を持っていたのです。

それが今では、自分でカット専門店を開業しているんだから…(笑)

でも、その反面…
「10分で!1000円で!どんだけ早いんだ!どんな仕事をするのだろう?」
と興味のある世界でもありました。

バリカンとの出会い

通常の美容室だと女性のヘアスタイルを作るのがメインにでしたので、
バリカンが活躍する事はそれほど有りませんでした。

カット専門店に転職してからは、
男性客がメインになりますので、
バリカンが大活躍するのです。

1人のお客さんを10分で切らないといけませんので、
バリカンがこんなに便利な道具なのだと実感したのはこの時でした。


「バリカン=手抜き」ではなく
お客さんの要望に答えられるカット技術の幅が広がるモノだったのです。

バリカンを上手に使いこなす事により
「時短」と「バリカンでしか出来ないデザイン」で、
お客さんに喜んで頂けるのです。

会社組織と仕組み

個人の美容室でしか務めたことの無かった私は、
大きな会社組織に入ると言う意味が分かりませんでした。

会社に入ってみると…
オペレーションマニュアル、技術マニュアル、シフト制の出勤、教育システム、店長会議、などが
全て仕組み化されていて、
ハッキリした行動基準が決められています。
「ここまで決められていたら働きやすいよな~」
と言った感じです。

他にも
制服の支給、従業員用駐車場、交通費支給、休日出勤手当、残業手当、その他の福利厚生も付いています。
これは、家庭を持っている者としては守られている感じが有り、
とてもありがたい事です。

そこで私が感じたのは、
「コレが一般的な会社員の感覚なんだ!」
「特殊技術を持ったサラリーマンだな!」


美容室勤めの頃からすると、「安心・安定」の世界でした。

まとめ

私は不安定な美容室勤めから、
転職に「カット専門店」を選んで色んな事を学ばせて頂きましたが、
最終的に
「安心・安定」の世界で過ごすよりも
「挑戦・やりがい」を好んでいる事に気づけたことでしょうか?

私は「安心・安定」を捨てて独立開業したのですが、
どちらかが正解ではありません。


今いる現状で多くを学び、
次のステップへ進むために活かす事が出来ればいいですよね!

アナイ ヤスヒコ『時短ヘアカットコンサルタント』 穴井 保彦

投稿者の過去記事

1975年5月23日生まれ 福岡県大野城市出身 株式会社ちょっとグループ代表取締役社長

1ヶ月で大学を辞めてコレだ!との決意で美容師の道を志す。23歳でスタイリストデビューし、熊本市内の有名サロンで店長をしながらJPA日本パーマ協会のコンテストに挑み、最優秀賞を受賞。美容師を続けていたがあまりの収入の少なさに不満を感じ、副業として夜の弁当工場でアルバイトを始める。睡眠時間3時間の生活を1年半続けるが、体調を壊して転職を決意。当時小さかった子供の成長と将来への漠然とした不安を払拭したく、業界最大手カット専門店に入社し、3年間店長として業績不振店舗を任され、6ヶ月連続昨年対比110%売上アップのV字回復を成し遂げる。
その後カット専門店のノウハウを生かし、筑紫野市JR二日市駅前でカット専門店を1人で開業し3年間無休で営業する。現在は、カット部門は私、カラー部門はスタッフに任せ2名で高生遺産の安定した経営で営業中。

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プロフィール


株式会社ちょっとグループ代表取締役社長 穴井保彦
建築士を目指して、工業大学へ入学するが、一ヶ月後にコレだ!との思いで美容師としての道を歩むスタイリストデビュー後、店長職を各店舗で経験する。しかし妻、子供のいる環境では給料が足りなく深夜の弁当工場でアルバイト、睡眠時間3時間の生活が1年半続くが体調を壊し美容師を諦めるが、大手カット専門店に入り3年後にカット専門店を1人開業する。現在は、店内にカラー専門店を立ち上げスタッフ5名と営業している。

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